「歴史的にも、文化的にも、地政学的にも、灯台を検証し残してもらいたい」海と灯台フォーラム 2021開催レポート【前編】

2022/03/25

2021年における「海と日本プロジェクト」の集大成となるイベント「海と灯台フォーラム 2021」が3月14日、代官山蔦屋書店2Fシェアラウンジにて開催されました。

同イベントは2部構成で行われ、第1部は「灯台が日本の海と地域にもたらしたものは? その価値を伝えていくために」というテーマで、東京工業大学名誉教授・藤岡洋保先生を中心とした著名人によるトークセッション、第2部は「異分野・異業種連携による新たな灯台利活用の可能性」と題し、フリーペーパー『灯台どうだい?』不動まゆう編集長をファシリテーターに迎えたディスカッションが行われました。今回はそのレポート【前編】をお届けします。

会の冒頭では、主催者の日本財団・笹川陽平会長からのビデオメッセージによる挨拶がありました。「私は『灯台』というと、すぐに思い出すことがございます」と前置きし、笹川会長は映画「喜びも悲しみも幾歳月」の主題歌のワンフレーズを口ずさみ、「やはり、海と灯台はロマンに満ち溢れたものではないでしょうか」と述べました。そして「四海に囲まれる日本では、航海は古代から続けられていましたが、江戸時代の終盤まで日本の海は『漆黒の海』と呼ばれるほど暗かったと言います。明治初期に日本に作られ始めた灯台が状況を一変させました。近代化と歩調を合わせるように建てられた灯台は、命の灯りとなり、海の安全を守るだけでなく、地域の海の歴史・文化・誇りを担い、景観美を形作るなど、さまざまな役割を果たす存在です」と語り、灯台が海洋立国日本の発展に大いに貢献したことを強調しました。また、GPSの発達や無人運航船の開発などでその役割が大きく様変わりする現代においても、灯台が積み重ねてきた物語に大きな価値があることにも触れ、「灯台の存在が日本の将来をまた照らす大きな役割をこれから果たしてくれるのではないかと期待しております」と結びました。

続いて、海上保安庁長官の奥島高弘長官からもビデオメッセージによる挨拶が寄せられました。奥島長官は、「海上保安庁は、平和で豊かな海を守り、国民の安全安心を確保するため、様々な取り組みを行っております」と前置きしてから、船舶が安全に運行するための道標である灯台やブイなど、全国に合計約5,000箇所の航路標識を設置し、管理していることを紹介。また、2021年に灯台の設置・管理について定めた航路標識法を改正し、新たに「航路標識協力団体制度」を創設したことについても触れ、「海上保安庁が協力団体と認定した方々であれば、ペンキの塗り直しなど簡単な工事を行うことが可能となりました」と説明しました。2月には、36ヵ所の灯台について23団体が指定を受けたことも明かし、「各団体の皆様の活動の幅も広がり、地域のさらなる活性化にも寄与するものと期待されます」と述べました。また、最近では島根県にある美保関灯台と出雲日御碕灯台をはじめとする8つの灯台が国の重要文化財に指定されたことについては、「灯台には歴史的・文化的価値が認められるものが存在しております。今後も『海と灯台プロジェクト』に協力し、灯台をテーマに地方自治体や地域の皆様と手を携えて取り組んでまいります」と結びました。

続いて行われたトークセッションPart1は「灯台が日本の海と地域にもたらしたものは? その価値を伝えていくために」をテーマに、「明治時代の灯台誘致の請願」「灯塔のつくり方」「灯台のデザイン」についてさまざまな意見が交換されました。登壇者は、昨年、制作・放送されたオリジナル知識紀行番組「中村獅童の灯台見聞録~灯台が照らし続けた海と日本人の記憶~」にも出演された東京工業大学・藤岡洋保名誉教授を筆頭に、ファシリテーターを務めるフリーアナウンサーの笠井信輔氏、そして、雑誌「サライ」にて歴史紀行「半島をゆく」を連載し、全国の灯台を見てこられたという直木賞作家・安部龍太郎氏、そして女優、歌手、作家としても活躍する中江有里氏が登壇し、それぞれの「灯台体験」の中で感じた「灯台が日本の海と地域にもたらした歴史的・文化的価値」について語り合っていただきました。

また、セッションの冒頭では笠井氏も同行した「中村獅童の灯台見聞録」でのロケを機に、灯台について大きな興味・感心を抱いているという歌舞伎役者・俳優の中村獅童さんからのメッセージが、笠井さんによって読み上げられました。

「明治時代の灯台誘致の請願」パートでは、2022年2月に国の重要文化財に登録されたばかりの島根県・出雲日御碕灯台を例に、藤岡名誉教授から、太平洋側の横浜や神戸には灯台が作られた一方、日本海側にはなかなか作られず、そこには外国の思惑がからんでいた可能性が高いことが語られたのち、安部先生からは本州最北にあり津軽海峡を臨む尻屋埼灯台の歴史、中江さんからは灯台の地域における役割について、それぞれの視点からの見解が述べられました。
「灯塔のつくり方」では、出雲日御碕灯台の工事現場で、当時撮影された貴重な写真を交えて、同灯台がどのようにして建造されたのか、現地の状況に合わせた工夫が必要であったことや、高い崖の上に建っていながら日本一の高さである必要があった理由について等、考察が述べられました。最後の「灯台のデザイン」においては、歴代最高の灯台設計者といわれる三浦忍氏の設計した戦前の鉄筋コンクリート造灯台の最高峰、中知床岬灯台(現アニワ灯台)や大阪港北突堤灯台、樺島灯台のデザインについて、こちらも貴重な設計図を交え、詳しく紹介されました。同じように見える灯台でも全て違うデザインであることが伺え、自然の風景とマッチした美しい灯台の価値について語られました。

最後に安部先生からは「歴史的にも文化的にも、そして地政学的にも検証して、ぜひ残してもらいたいな、と思いますね」、中江さんは「過去の人々が、なぜそこに灯台を建設したのか、ということの意味を検証していくことが重要だと思います」と、トークセッションを通して得た知見を述べました。そして藤岡名誉教授の「価値というものは発見するものです。とにかく灯台に関心を持っていただいて、注目していただきたいです」のコメントを受け、笠井さんは改めて「航路標識協力団体制度」に触れ、「街ぐるみで灯台を守り、シンボルとして育てて行こうというのは、とても素敵なことだと思います。ぜひとも皆さん、灯台に一度足を運んでみてください」と締めくくりました。(後編に続く)