編集長がゆく!  大発見!? 経ヶ岬灯台の知られざる地底世界?

2019/10/24

不動まゆう灯台現地レポート

経ヶ岬灯台 京都府京丹後市

1898(明治31)年12月 初点灯

 

いわゆる「3度のメシより灯台が好き」なマニアが綴る灯台レポート。灯台で「見て」「感じて」「味わった」ことをウンチクと共に伝える。

京都というと神社仏閣や舞妓さんをイメージし、なかなか「海」と結びつかないかもしれない。でもいま熱いのは「海の京都」だと私は思う。天橋立や伊根の舟屋と聞くと、『あぁ、確かに!』と納得してもらえるのではないだろうか。

そして「海の京都」と聞いて灯台マニアが真っ先に思い浮かぶのは。経ヶ岬(きょうがみさき)灯台である。私がここに訪れるのは2度目だが、今回は大きな収穫があったので報告したい。

経ヶ岬灯台は京都最北端、丹後半島の先に1898(明治31)年に建てられた。石造りのゴツゴツした風合いから頼もしさを感じさせる灯台だ。その一方、『恋する灯台』にも認定された理由は、絶景とこの土地の持つ神秘性にある。たしかにこの場所にはとてもロマンを感じるのだ。

そして第1等フレネルレンズという、国内使用では最も大きな規格のレンズを持ち、その迫力を存分に感じさせてくれる。

今回は第8管区海上保安本部の方が取材協力をしてくださったので、内部を見学することができた。

灯台は塔を中心に付属舎がシンメトリックに両側についている。正面から見て右側の扉には初点プレートが掲げられていて、こちらがメインの入口だとわかる。(反対側は倉庫になっている)

中に入ると紅白の垂れ幕。これは一般公開する際に見学者を歓迎するためかと思う。これまで灯台で使われてきた電球たちも展示ができるようにスタンバイされていた。

塔内部にはいる。美しい天井部分、曲線が優美な鉄の階段。同じ明治期灯台である石川県能登半島の禄剛埼灯台と似ている。

明治期の灯台内部でよく目にする木製のキャビネット。灯台守がいた時代はこの中に交換用の電球や、それよりもっと以前はマントルなどが保管されていたのだろう。

キャビネットの足元に目をやる。

ん?この蓋はなんだ!?

秘密の地下室?

海底都市につながる入り口?

シェルター?防空壕?

海上保安官さんが安全を確認した上で開けてくれた。

これはレンズを回転させるための分銅(電化される前は分銅が重力で落ちる力を利用して時計仕掛けのようにレンズを回転させていた)を、地面よりさらに深く落とすために“掘られた穴“の点検口だそうだ。

塔の背が高い灯台は分銅が落ちる距離を稼げるが、経ヶ岬灯台は塔の高さが地上から12mしかない。これでは灯台守をしていた方が一晩に何度も分銅を巻き上げなくてはならない。

そのために少しでも分銅が落ちる距離(時間)を稼ごうと開けられた穴だった。目測だが深さ3mぐらいだろうか。

中は少しひんやりしているようだった。当時は食品の貯蔵庫としても活用されていたようだ。

下に降りてもっとよく観察したい気持ちがないわけではなかったが、なにかトラブルを起こしてはご迷惑をかけるのでやめておいた。いや、本当は怖かったというのが1番の理由だけど…。

レンズを回転させるための工夫はこの穴だけではない。経ヶ岬灯台は日本で水銀槽式回転機械を導入した先駆けの灯台だ。

これは、5トンに及ぶレンズと土台の重量を、水銀の浮力を利用してスムーズに回転させる装置だ。

この美しいレンズは100年以上前にさまざまな叡智を結集させてここに設置され、今もなお海を灯しているのか。

灯台は外から眺めても美しくて、旅情を盛り上げてくれる存在だが、内部を見学することでいろいろな発見や気づきもある。

これから灯台記念日に向けて全国の灯台が一般公開される。

また『恋する灯台』に関連したイベントも各地で企画される。ぜひ見逃さないで欲しい。

▼インフォメーション

経ヶ岬灯台が一般公開されます。

2019年11月2日 10時00分〜15時00分

詳細は舞鶴海上保安部 https://www.kaiho.mlit.go.jp/08kanku/maizuru/

 

「恋する灯台」だし、大好きな人とオシャレして行きたいのはわかるんだけど、灯台内部の階段は狭くて急なのでハイヒールやスカートでは危ないよ。お気に入りの動きやすい装いで行ってね!