「弁天岩とそこに立つ灯台は、故郷の風景」廻船と信仰が育んだ海と灯台への愛着【新潟県糸魚川市 能生港灯台】

2022/03/17

灯台と私たちの結びつきを再認識する期間としても周知されつつある「海と灯台ウィーク」(2021年度は11月1日~8日に実施)。この期間に際し、海と灯台プロジェクトでは全国各地の灯台に縁ある方々の話を伺い「海と灯台学」を編纂する活動が実施されました。今回はその取材から、能生港灯台が立つ新潟県糸魚川市の能生白山神社 宮司の佐藤英尊さんに伺ったお話を公開します。

―灯台に関心・興味を持ったきっかけをお聞かせください。
佐藤「1957年(昭和32年)の映画『喜びも悲しみも幾歳月』です。戦前から戦後に、全国の灯台を渡り歩く灯台守の夫婦が主人公の物語です。それまでの白黒から総天然色になり、海の色の青さが強烈な印象でした」

―灯台について詳しい分野を教えてください。
佐藤「能生港灯台が立つ弁天岩および併設されている厳島神社、その本社の能生白山神社についてです。弁天岩の厳島神社は、江戸時代には市杵島神社または岩窟弁財天とも言われ、白山神社の由緒によると千年前から60年ごとに御開帳が行われてきました。厳島神社は能生白山神社の末社で、祭神は市杵島姫命、御神体の御像は弁財天のお姿です。市杵島姫命・弁財天ともに水の守り神で、航海安全・豊漁祈願の祭礼として行われてきました。御神体・御像を白山神社本殿から厳島神社へ遷し、1週間お祀りし御像を御開帳します」

―地元の灯台についてのエピソードを教えてください。
佐藤「この一帯は江戸時代から廻船業を営む人々が多く、能生白山神社は海上信仰の尊崇を集めていました。白山神社には船絵馬が保管されていますが、これは主に北前船と呼ばれるベザイ造りの廻船の航海安全を祈願して奉納されたものです」

―あなたにとって能生港灯台はどのような存在ですか?
佐藤「弁天岩に灯台があってこそ様になる、なくてはならない存在だと思います」

―地元の未来にとって灯台はどのような存在になり得ると思いますか?
佐藤「灯台が灯りを照らす光景は心に安心感をもたらしてくれます。人生を照らす、というと大袈裟かもしれませんが、光を以て人を導く存在ですから、人生を重ね合わせられる非常に貴重な存在だと思います」


―今後、能生港灯台を地元で活用するために必要なことは何でしょう?
佐藤「地元で活躍する若い子たちにも『俺たちの弁天岩』という感覚があると思います。弁天岩とそこに立つ灯台がある故郷の風景が、地域を次の世代へと導く役割を期待しています」

佐藤さんのインタビューの詳細は、動画でもチェックできますので、ぜひご参照ください!