「灯台の活用で共創型の観光まちづくりを」~2023年「海と灯台のまち会議」灯台とヘリテージツーリズムに関する講演
2023/08/18一般社団法人 海洋文化創造フォーラムは2023年6月7日(水)、時事通信ホール(東京都)にて、灯台を観光振興や教育、地域活性化に利活用したい自治体・企業・団体とともに「海と灯台のまち会議」を開催いたしました。
この会議では、北海商科大学商学部観光産業学科教授の池ノ上真一さんが「灯台とヘリテージツーリズム」をテーマに講演されました。その発表要旨を掲載します。
※会議全体についてのイベントレポート(抄録)は、こちらの記事をご覧ください。
ヘリテージ=文化遺産への注目は高まりつつあるも、いまだ発展途上
池ノ上です。よろしくお願いします。今日は灯台の活用について現場でのお話を皆さんからたくさんお聞きし、大変感銘を受けています。私は、ヘリテージツーリズムを中心に灯台の可能性についてお話しします。
私は、札幌にある北海商科大学で教鞭を執っています。もともと、大阪の堺市という港町の出身で、まちづくりの研究をしていますが、その中でも「海の道」をテーマにしています。国連世界観光機関の研究として、日本・アジアからヨーロッパまでを繫いだ海の道や、国内では北前船などの研究に取り組んでいます。
私の学生時代には、「ヘリテージ」、言い換えれば文化財や文化遺産などは、社会的にはまだあまり注目されていませんでした。当時は、文化財や文化遺産は、どちらかと言えばそれを守ってきた人たち、所有者たち、あるいはその文化の価値が分かる人たちの為のものだと認識されていました。
しかし、今は政府が「文化芸術推進基本計画」を作り、文化財や文化遺産の社会的・経済的価値にしっかりと目を向け、人口減少社会においても自然や文化を活用しながら地域振興をしようという戦略に変わってきています。
国土交通省観光庁が策定した「観光立国推進基本計画」でも、成長戦略の柱として、あるいは地域活性化の切り札として、さらには国際相互理解や国際平和のために観光を活用することが提唱されています。そのためには持続可能な観光や消費額の拡大、地方に人をどうやって呼ぶかなどを考えつつ、地域の自然・文化の保全と観光の両立をしていくことが求められています。
国の政策において、ヘリテージ、つまり文化遺産をはじめとした地域の資源や資産が活用されるようになったのは、日本ではここ10年ぐらいのことです。そのせいか、「ヘリテージツーリズム」という言葉が、世の中で「単に文化遺産を観光すること」として使われている場合が多々あります。
私が学生だった30年ほど前、ヘリテージツーリズムとエコツーリズムについてそれぞれ定義をしようと、観光を切り口として研究している全国の学者が集まり研究会を開いていました。私は学生だったので受付や会場の準備をしながら参加させてもらった立場でした。当時、エコツーリズムを研究していた人たちは、その研究会の流れを発展させ、エコツーリズム推進協議会を立ち上げました。その一環としてエコツーリズム推進法も制定され、国として強力に推進されていると思います。
一方、ヘリテージツーリズムはエコツーリズムほどの結束力がなく、各地でそれぞれがんばっているのが現状です。
ヘリテージツーリズムとは、地域の幸せと人の幸せを追求する取り組み
観光学では、人が発地から着地に行き、再び発地に戻る現象、たとえば東京から北海道に行き、帰ってくること、これを観光(ツーリズム)と定義しています。広い意味でとらえると、民俗学者が唱える「遊動性」、つまりアフリカで生まれた人類がユーラシア大陸を渡ってアメリカ大陸や日本列島にたどり着いたように、人間が本来持つ移動する性質を前提に、観光や地域づくりのあり方を考えるのがツーリズムという学問です。
発地側の人、つまり旅に出る人にとって、観光は幸せになるためでなければなりません。一方、着地側、つまり迎える側にとっては、自分たちの住む場所が愛される地域になることを願っています。人口減少が進む中、どうしたらファンになってくれるだろうか、できれば移住してくれないだろうか。そんなことを考えています。発地と着地それぞれのバランスを考えながら地域をどうしていくか、それを考えるのが私が取り組んでいる「観光まちづくり」です。
このツーリズムと、ヘリテージ(=文化財、文化遺産など)とがうまくかみ合って展開していくのがヘリテージツーリズムだと考えています。その中から人の学びや遊び、幸せに発展していったり、あるいは地域経済の再生や地方創生につながったりして、新たな地域のあり方を創造する取り組みに発展していくのがヘリテージツーリズムだと考えています。簡単に言うと、ヘリテージツーリズムは人や地域の幸せを追求するものであるということです。
街なかにあるコンクリート遺産の価値に着目した函館の事例
ここで、函館で私が事務局を務めている「函館湾岸価値創造プロジェクト」という取り組みをご紹介します。このプロジェクトが最初に着目したのは、函館にある「日本で2番目にできたコンクリートの堤防」です。日本で最初のコンクリート堤防は横浜で作られましたが、すぐに波風で壊されてしまい、現存していません。函館のは頑丈に造られたために現存しており、今も現役で使われています。外見は単なる石積みのようですが、芯の部分に巨大なコンクリートブロックが使われています。当時、石積みとコンクリートのハイブリッドで建造されたわけです。そんな最先端技術の開発の地であり、その後にも地域課題であった耐火建築を全国でもいち早く導入した函館を「コンクリートの聖地」と位置付け、地域のストーリーを紡ぎながら活動を展開しています。大学の教員や地域の郷土史家、国土交通省の出先機関、自治体職員や一般市民の皆さんと一緒にストーリーの発掘や共有に関するプラットフォームを作り、観光客や市民に向けてプログラム提供をしています。
JR東日本が函館のコンクリート遺産を訪ねるツアーを企画してくださり、我々でその受け入れもしています。さらにビジネスのクラスターを作ろうと考え、硬さにこだわった「コンクリートラスク」というお菓子を作って販売しています。
整理をすると、私たちはこの活動によって人の流れと物の流れをどうやって生み出すかを考えています。その元になるのがヘリテージ、地域のストーリーです。人の流れや物の流れを生み出すことによって、地域の誇りや新たな地域コミュニティ、これまで地域になかった文化を生み出したり、こうした活動を通して個人の幸せや自己実現につながったりすることを目指しています。2019年には国土交通大臣表彰手づくり郷土賞もいただき、活動としても少し成熟してきた実感があります。
ヘリテージツーリズムから見た灯台の魅力とは
最後に、灯台ツーリズムへの期待についてお話しします。私は文化庁の仕事にも携わっていますが、文化庁のホームページに灯台の魅力が書かれています。魅力の一つ目は、幕末に開国した日本が諸外国との交易・交流を促進するにあたり、真っ先に整備したインフラ施設の一つが灯台であるということです。私は学生時代、海が大好きなので九州と五島列島を結ぶフェリーでアルバイトしていましたが、やはりフェリーにとっても灯台はとても重要な目印でした。地域のシンボルにもなっていますし、各地域の皆さんがそこにいろいろな価値を見い出しているのではないでしょうか。
もうひとつの魅力は歴史です。地域のストーリーとも言い換えられます。地域のランドマークである灯台には、みんなが集まる新しいコミュニティ、人をつなげる仕組み、そのプラットフォームを作る存在としての可能性があります。地域のストーリーとプラットフォームを作る可能性を活かしていくことで、体験プログラムを開発したり、地域経済再生のためのクラスター形成などを展開していくことで、その地域のシビックプライドが作られ、文化がさらに新しく作られて自己実現していくことにつながるのではと考えています。
今日の皆さんの事例発表の中で、灯台はこれまでは船の航路標識としてだけの施設であったが、新たな価値をつけることで人が集まる拠点になりつつあるとのお話がとても心に残りました。私が取り組んでいる「海の道」研究の視点で考えると、海にはもともと、人がつながり地域をつなぐ役割があったと思います。そう考えると、灯台には地域と地域を横でつなぐ、東京一極集中ではなく、横のつながりを現代にもう一度つなぎ直すような可能性もあるのかなと思いました。いわゆる共創型の観光まちづくりが灯台の取り組みの中で展開していくと、より良い日本の国づくり、地域づくりに展開していくのではないかと考えています。ご清聴ありがとうございました。