灯台の保護に適用できる国際認証の比較検討 -世界遺産、無形文化遺産、ユネスコ世界ジオパーク-

2025/08/18

灯台の保護に適用できる国際認証の比較検討

1.登録の対象
3つの認証の最大の違いは登録対象、即ちその国際認証が保護しようとしている対象にある。

対照的なのが世界遺産と無形文化遺産で、世界遺産では建築物など有形のものを対象とすることから、灯台に用いられている建築技術や、技術史上における位置づけなどが焦点となることが想定される。一方、無形文化遺産では灯台にまつわる無形の文化を対象とすることから、海に関する伝統的な知識や慣習、航海の安全にまつわる口承や表現などが焦点となることが想定される。

また、地質遺産を中核とするユネスコ世界ジオパークでは、灯台の立地基盤である地質や地形が対象となり、灯台は必ずしも主役とはならない可能性がある。また、特定の区域が認定対象となるため、全国の灯台を集合的に扱うことは難しい。

2.登録に伴う負担やハードル
3つの認証の間では、他の登録物件との比較の必要性、登録までのプロセスや登録後の義務など、制度面でも多くの違いが認められる。

他の登録物件との比較の必要性の面では、世界遺産には顕著な普遍的価値の証明が求められ、高いハードルが課せられる。ユネスコ世界ジオパークも同様に、国際的な地質学的重要性の説明が求められる。一方、無形文化遺産では他の2つの認証ほどの負担感はない。

登録までのプロセスや登録後の義務の面では、世界遺産は暫定一覧表への記載が必要となることもあり、全体のプロセスが長期化する傾向にある。また、ユネスコ世界ジオパークは認定後も4年毎に再認定審査を受ける必要があるなど、認定後の負担が大きい。一方、無形文化遺産では現地調査がない点で受け入れ側の負担は相対的に小さく、また、登録までのプロセスも比較的簡潔である。

まとめ

以上の比較検討から、登録に伴う負担やハードルのみを考えた場合、3つの認証の間では無形文化遺産に一定の優位性が認められる。但し、無形文化遺産の対象は灯台にまつわる伝統や無形の文化であり、必ずしも有形のものとしての灯台を守ることにはならない点に注意が必要である。

灯台には、建築物としての側面だけでなく、航海の安全に携わってきた歴史的な側面、地域社会の中で培ってきた伝統の側面、立地に関わる地質・地形的な側面などがあり、そのどれに焦点を当てどれを保護するかによって、適した国際認証は異なる。

また、無形文化遺産とユネスコ世界ジオパークに顕著に見られるように、近年は多くの国際認証で地域社会参画の重要性が訴えられており、それぞれの灯台の立地地域のステークホルダーと対話を重ねながら、保護すべき灯台の側面をともに考えることが重要である。


引用文献

・Anonymous (2024) Operational Directives for the implementation of the Convention for the Safeguarding of the Intangible Cultural Heritage.
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・海上保安庁燈台部編 (1969) 「日本燈台史」. 社団法人燈光会, 674p.
・田中俊徳 (2016) 国際的な自然保護制度を対象とした国内ネットワークの比較研究―世界遺産条約、ラムサール条約、ユネスコMAB 計画、
世界ジオパークネットワーク―. 日本生態学会誌, 66, 155-164.
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・UNESCO (n.d.). International Geoscience and Geoparks Programme. https://www.unesco.org/en/iggp [Cited 2025/2/2].
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・渡辺悌二・海津ゆりえ・可知直毅・寺崎竜雄・野口健・吉田正人 (2008) 観光の視点からみた世界自然遺産. 地球環境, 13, 123-132.


執筆者紹介

中村 真介(1985年)

■ 出身地:神奈川県横浜市
■ 所属:株式会社ジオ・ラボ
■ 学位:修士(農学)
■ 専門:地理学、森林科学

白山手取川ジオパーク専門員として活動、白山ユネスコエコパーク拡張登録に貢献。ユネスコジャカルタ事務所を経て、東ティモール史上初のユネスコ無形文化遺産登録に貢献。現在は地域コンサルティングに従事。

栗原 憲一(1979年2月6日)

■ 出身地:東京都多摩市
■ 所属:株式会社ジオ・ラボ 代表取締役
■ 学位:博士(理学)
■ 専門:層位・古生物学、博物館学(教育・展示)、科学コミュニケーション、ジオパーク

2003〜2015 年まで三笠市立博物館で学芸員(古生物学)、2015〜2019 年まで北海道博物館で学芸員(博物館学)。2019 年に株式会社ジオ・ラボを設立。“展示”を軸にした地域の様々なストーリーを掘り起こす活動を展開している。

石村 智(1976年6月22日)

■ 出身地:兵庫県伊丹市
■ 所属:国立文化財機構東京文化財研究所 無形文化遺産部部長
■ 学位:博士(文学)
■ 専門:無形文化遺産、考古学

国内外において無形文化遺産の保護に資する研究に従事。また海の文化遺産についても造詣が深く、ミクロネシア連邦ナンマトル遺跡の世界遺産登録(2016年)にも携わった。

池ノ上 真一(1973年11月16日)

■ 出身地:大阪府堺市
■ 所属:北海商科大学 教授
■ 学位:博士(観光学)
■ 専門:都市・地域計画、観光まちづくり、地域マネジメント

「技術の人間化」を理念とする芸術工学を学ぶ。竹富島や日本ナショナルトラストで観光を活用した地域づくりに従事し、北海道大学准教授を経て、現在は北海商科大学教授・日本海洋文化総合研究所代表理事。


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