灯台へ向けられた「まなざし」に見る可能性

2025/12/22

本稿は、「海と灯台学」2024年度研究紀要「海と灯台学ジャーナル 創刊準備号」に掲載された「研究ノート」からの転載です。
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灯台へ向けられた「まなざし」に見る可能性

其力干(北海商科大学大学院)
池ノ上 真一(北海商科大学 一般社団法人日本海洋文化総合研究所)

灯台に向けられたまなざし

灯台は歴史的に「航路標識」としての機能を果たしてきたが、近年はその役割が多様化し、観光資源や文化的・教育的な価値を持つ存在へと変化している。

日本においては、明治期以降、「灯台の父」リチャード・ヘンリー・ブラントンの指導のもとで近代灯台の整備が進められた。他方で、羽成(1889)による「東海名勝銚港案内」や、東京鉄道局(1929)による房総半島の観光名所を案内した文献で犬吠埼灯台が紹介されるなど、当初から観光や文化的価値が評価されており、デスティネーション(観光地)としての灯台への価値評価があったことが分かる。

さらに、1980年代から1990年代にかけて、多くの灯台が文化財として保存されるようになり、文学や映画の題材としても取り上げられ、「孤独」「郷愁」「歴史の証人」といった感情を喚起する場所となった。2000年代以降、灯台観光はさらに活発化し、「恋する灯台プロジェクト」(2016年~)のようにロマンティックな観光スポットとしてのプロモーションも展開されるようになった。加えて、灯台守体験ツアーやナイトツアーなど体験型観光が注目されるようになり、訪問者が灯台をより身近な存在として捉える機会が増えてきた。

また近年では、アニメ・映画の「聖地巡礼」の対象として灯台が注目されるほか、震災復興のシンボルやエコツーリズムの拠点としての役割も見られる。例えば、アニメ映画『天気の子』に登場した犬吠埼灯台はファンの訪問を促し、また屋久島の灯台は環境保全活動と結びついた観光資源としての位置づけを持つようになっている。こうした灯台へのまなざしの変化は、「機能的な施設」から「歴史的・文化的価値を持つ対象」へ、さらには「象徴的な存在」へと発展していることを示している。

観光のまなざし論の視座

1.灯台と観光のまなざし
ジョン・アーリの『観光のまなざし(The TouristGaze)』は、1990(平成2)年に提起されて以来、観光研究においては、様々な分野の様々な脈略や方法で援用・応用されており、観光研究の最も重要な文献の一つとして捉えられている。Urry andLarsen(2011)は、「観光」について「ふだんの日常生活と非日常の二項区分を基調にして発生する」とし、それをながめる「まなざし」は、「社会的に構成され制度化されて」いて「観念、能力、願望、期待などの特定のフィルターを通してであって、しかも社会階層とか性差とか国民性とか年齢とか教養などでそれは定まっていく」とする(須賀、2020)。

しかし、安村ほか(2011)は上記の理論を「西欧中心主義的で感情分析が欠如」と批判している。例えば、千葉県・犬吠埼灯台の「日の出聖地」化について、日本人をはじめアジアにある「初日の出信仰」という文化的文脈抜きに説明できない。また、土井(2014)が指摘する「まなざしの感情的次元」は、灯台前でプロポーズするカップルの「永遠の愛」という願望投影に現れている。本稿では、灯台に向けられたまなざしを読み解く視点の重要性を提起したい。そこで以上の議論を踏まえ、次の枠組みを用いて灯台へのまなざしについて読み解いた。

2. 観光のまなざしの種類
Urry(1990)は、観光客からのまなざしの特徴として、次の6つを挙げている。① 「無比なもの」( エッフェル塔、エンパイヤーステートビル、バッキンガム広場、グランドキャニオン、ケネディ大統領が暗殺された場所など、誰もが知っているという前提があるがゆえに、一生に一度でもいいから見てみたいという欲求が働き、聖地化される)、② 「特殊な記号」(典型的な英国の村、典型的なアメリカの摩天楼、典型的なドイツのビヤガーデン、典型的なフランスのシャトーなど、対象を記号のシニファンとして見るという形)、③ 「見慣れた物の見慣れていない面を見る」という事例(博物館での展示物)、④ 「普通でない文脈で展開される普通の社会生活を見る」事例(かつての中国観光)、⑤ 「通常でない視覚環境のなかで、見慣れた仕事や行動をする」という事例(異なる視覚的背景において行われるスポーツ、ショッピング、飲食など)、⑥ 「特別な記号」を見るという行為(月の石や有名な画家の絵画など、記号として特別な意味を与えられることによって初めてまなざしが向けられる)( 土井、2014)。以上を踏まえ、本稿では、灯台へのまなざしの変遷をこの6つの特徴から分析し、可能性について考察した。