灯台へ向けられた「まなざし」に見る可能性
2025/12/22
灯台への「まなざし」の変遷と影響
そこで、日本における観光のまなざしが顕著な犬吠埼灯台を対象に、まなざしの変遷について見ていく。主に、まなざしを確認したのは、旅行ガイドブック『るるぶ千葉房総』(1991 〜 2023年発行のもの)をもとに、犬吠埼灯台についての紹介内容について分析した。その変遷を見てみると、1990年代には「太平洋の荒波が打ち寄せる灯台」(『るるぶ千葉房総』1994)として、犬吠埼そのものの自然名勝としての評価が強く、「白亜の灯台は犬吠埼のシンボル」(『るるぶ千葉房総』1998)として紹介されていた。また、灯台については、歴史的価値について言及されていた。2000年代以降は、「銚子の海を見守る白亜の灯台」(『るるぶ千葉房総』2000)として、より歴史的・文化的な視点からの紹介が増えている。また、2010年代以降には「関東最東端の日の出が見られる場所」としての聖地的な価値が強調されるようになった。そして、銚子電鉄や自家用車でのシーサイドドライブなど、移動手段と組み合わせた体験方法の紹介が見られる。さらに、SNSの普及とともに「インスタ映え」する景観としての灯台の価値が高まり、特に夜間のライトアップや絶景ポイントの写真が観光誘致に活用されるようになった。
このように、限られた期間ではあるが、犬吠埼灯台へのまなざしは、時代とともに変化したことが分かる。当初の房総半島や犬吠埼の自然名勝としての評価は、② 「特殊な記号」としてのまなざしであると捉えられる。次に、灯台や地域のストーリーへの移行は、全国にある灯台ではあるが、より深い情報へアクセスしたいというニーズの表れといえ、③ 「見慣れた物の見慣れていない面を見る」への移行である。近年の観光客自らが聖地を巡る体験を重視する傾向は、⑤ 「通常でない視覚環境のなかで, 見慣れた仕事や行動をする」である。以上のとおり、灯台は時代背景の変遷と共に、異なる視点によって再解釈されてきた。こうした変遷は、観光客のまなざしが単なる視覚的対象の享受にとどまらず、灯台の歴史的背景や地域との関係性を重視する方向へと変化していることを示唆している。
灯台へのまなざしの地平
本稿では、灯台への観光のまなざしについて、とくに犬吠埼灯台に着目し、その変遷を追いかけた。そこで分かったことは、①観光をとおした地域との接続、②観光スタイルの変化に伴う灯台の価値の再解釈、であった。冒頭に述べたとおり、灯台そのものは、航路標識という「機能的な施設」として建設されたが、観光という現象を通じて、「歴史的・文化的価値を持つ対象」へ、さらには地域にとって「象徴的な存在」に再解釈されることで、新たな価値が創造されてきた。
灯台観光の発展は、地域振興や環境保全の観点からも新たな可能性を持つ。実際に、日本財団の「海と灯台プロジェクト」をはじめ、灯台を活用した地域イベントの開催や、地元の特産品と連携した観光プログラムの開発、宿泊施設やアートスペースとしての整備が全国で始まっている。
近年、日本各地では人口減少が深刻化しており、地域の持続可能性が言及される中で、観光への期待が地域側から高まってきている。しかし、沿岸地域の多くは、かつての海上交通の要衝や漁場との関係で栄えたところも少なくなく、現在ではそれらの衰退とともに、僻地であると同時に観光地でもありながら、条件不利地域として扱われている。
そこで、今後の灯台観光の方向性としては、単なる「見る」対象から、「体験し、学ぶ」対象へとシフトすることが重要となってくるだろう。灯台へのまなざしが、体験型観光をとおし地域のストーリーと接続することで、地域へのまなざしと相乗効果を生み出すことが期待できる。地域の歴史や文化と結びつけたストーリーテリングを強化し、観光客が灯台を通じて地域のアイデンティティを理解できるような工夫をすることで、地域への経済波及効果の最大化や、関係人口の創出に一役買えるだろう。
引用文献
・土井文博(2014)観光社会学の可能性─J.アーリーの「まなざし」論を超えて─。海外事情研究、41(2)、11-40.
・JTBパブリッシング旅行ガイドブック編集部 編(1994)太平洋の荒波が打ち寄せる灯台で有名な観光最東端の地。「るるぶ千葉房総」JTBパブリッシング、96p.
・JTBパブリッシング旅行ガイドブック編集部 編(1998)関東最東端の岬に灯台が立つ豪快で雄大な海の景色を堪能。「るるぶ千葉房総」JTBパブリッシング、75p.
・JTBパブリッシング旅行ガイドブック編集部 編(2000)銚子の海を見守る白亜の灯台。「るるぶ千葉房総」JTBパブリッシング、96p.
・JTBパブリッシング旅行ガイドブック編集部 編(2009)銚子電鉄・途中下車の旅。「るるぶ千葉房総」JTBパブリッシング、77p.
・須賀忠芳(2020)「観光歴史教育」の視座とその実践に関する考察─「観光のまなざし」からとらえる「歴史実践」の射程─。社会科研究、93、1-12p.
・Urry, J. (1990) The Tourist Gaze: Leisue and Travel in Comtemporary Societies. Sage Publication.
加太宏邦訳(1995)「観光のまなざし 現代社会におけるレジャーと旅行」。法政大学出版局、328p.
・Urry, J. and Larsen, J. (2011) Tourist Gaze 3.0. Sage Publications. 加太宏邦訳(2014)「観光のまなざし増補改訂版」。法政大学出版局、446p.
・安村克己・堀野正人・遠藤英樹・寺岡伸悟編著(2011)「よくわかる観光社会学』。ミネルヴァ書房、224p.
執筆者紹介
其力干(1996年12月17日)
■ 出身地:中国内モンゴル自治区
■ 所属:北海商科大学大学院 商科研究科修士1年生
■ 学位:学部(観光学)
■ 専門:観光学
持続可能な観光マネジメントを学び、CBTを通じた『持続可能な観光モデル構築』をテーマに研究中。『観光で地方を元気に』が目標です。
池ノ上 真一(1973年11月16日)
■ 出身地:大阪府堺市
■ 所属:北海商科大学 教授
■ 学位:博士(観光学)
■ 専門:都市・地域計画、観光まちづくり、地域マネジメント
「技術の人間化」を理念とする芸術工学を学ぶ。竹富島や日本ナショナルトラストで観光を活用した地域づくりに従事し、北海道大学准教授を経て、現在は北海商科大学教授・日本海洋文化総合研究所代表理事。
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