心象風景・地域の象徴としての「灯台」
2025/09/30
本稿は、「海と灯台学」2024年度研究紀要「海と灯台学ジャーナル 創刊準備号」に掲載された「研究ノート」からの転載です。
※「海と灯台学」について詳しくはこちら
心象風景・地域の象徴としての「灯台」
~シーニックバイウェイ北海道 函館・大沼・噴火湾ルートでの取り組み~
阿部 正隆(国土交通省北海道局〈現 在エディンバラ日本国総領事館〉)
中村 幸治(一般社団法人北海道開発技術センター)
折谷 久美子(シーニックバイウェイ北海道 函館・大沼・噴火湾ルート)
はじめに
本稿は、シーニックバイウェイ北海道 函館・大沼・噴火湾ルート(以下、単に「ルート」とする)において、ルート内に点在する灯台を地域資源として活用するため、管理者である海上保安庁第一管区海上保安本部函館海上保安部のご協力も賜りつつ、現場視察を実施し、地域の関係者とともに、灯台のもつ資源価値について意見交換会を行い、その活用の可能性について検討した取り組みについて報告するものである。
シーニックバイウェイ北海道
函館・大沼・噴火湾ルートについて
シーニックバイウェイ(Scenic Byway)とは、景観・シーン(Scene)の形容詞シーニック(Scenic)と、わき道・より道を意味するバイウェイ(Byway)を組み合わせた造語である。地域に暮らす人が主体となり、企業や行政と手をつなぎ、美しい景観づくり、活力ある地域づくり、魅力ある観光空間づくりを行う取り組みとして、北海道において2005年よりスタートし、現在、北海道内に15の指定ルート、2つの候補ルートがあり、約500団体が活動をしている。(2025年1月31日現在)
このうち、函館・大沼・噴火湾ルートは、2006(平成18)年に5番目の指定ルートとなり、函館山と西部地区の歴史的街並み、津軽海峡の漁り火が美しい湯の川温泉郷、美しい自然に囲まれ、自然体験のプログラムを充実させている大沼周辺、北海道遺産にも指定されている内浦湾沿いの縄文遺跡群など、多彩な景観資源・地域資源を有する地域にある。そして都市景観から農村景観、漁村景観までを幅広く網羅していることから、それぞれの個性を発揮し、絆を深めていくことが大切と考え、景観、観光、自然・アウトドア、情報の4つの観点から目標を掲げて活動している。とくに、灯台に関しては「地域一人ひとりが地域資源の大切さを知り、そしてそれを活かす活動を追求する」という活動目標を踏まえ、近年、取り組みを進めてきている。
現地視察「汐首岬灯台」「日浦岬灯台」
ルート内には複数の灯台が点在している(図1)。その中には、日本で唯一の第三等弧状不動十二面フレネルレンズを搭載し、道南地域において最も古い葛登支岬灯台(1885年12月15日初点)(図2及び3)や、かつては函館市灯台資料館(愛称:ピカリン館、2016.4.1より当面休館中)が併設されており、周辺が公園としても整備されていることから地域関係者による活用協議会の活動実績もある恵山岬灯台(1890年11月1日初点)(図4)など、すでに地域資源として一定の注目を集めている灯台も存在している。しかしながら、今回、ルート関係者による現地視察を実施するにあたっては、周辺状況からこれまで訪問者が気軽にアクセスすることが困難と考えられる現役の灯台2基を選定した。
現地視察については、2020年10月23日に函館海上保安部の案内のもと、アクセス経路、建屋内部、登れる場合は灯火部、歩廊部を実際に踏査した。また周辺環境についても実際に訪問者として体感することを念頭に踏査を行った。とくに主対象として灯台を見る際の視点場や、灯台を視点場として、そこから眺める風景としての主対象や季節、時刻、天候、添景といった自然の動きにも着目した。
汐首岬灯台(1893年11月20日初点)については、灯器はすでにLB-40型に電動・自動化されており、建屋内部は主として発動発電機等が置かれているばかりであった。また周辺には灯台守の方々の居住区等があったと思われる建物の基礎等がわずかに残されているばかりであった。しかしながら、視点場として対岸に臨む下北半島を眺めることができ、とくに灯台の灯火部及び歩廊部からの風景には、視察当日はあいにくの悪天候であったが、いま・ここでしか味わえない津軽海峡の力強さを感じるものであった(図5および6)。
日浦岬灯台(1951年3月1日初点)については、漁港の突端に突き出た柱状節理の目立つ岩場の上に設けられており、アクセス経路についてはかなり手前から立入禁止とされていた。塔部に管制機材の付属屋があるばかりの灯台であるが、こちらの灯台も津軽海峡に面しており、多くのコンテナ船、フェリー等が行き交い、視点場として非常に興味深い場所であった。また主対象としての灯台で見ると、周辺の特徴的な柱状節理と背後の津軽海峡と一体となった風景はまさに地域を象徴する場所であった(図7および8)。
現地視察を踏まえた意見交換会
意見交換会には, シーニックバイウェイ北海道 アドバイザー会議 委員長として、長年ご協力を賜っている筑波大学名誉教授 石田東生氏から心象風景としての「灯台」という観点から基調講演をいただいた。また筆者からは灯台の魅力、楽しみ方についての話題提供を行った。その後、現地視察も踏まえた意見交換を実施した。
意見交換の中では、とくに灯台の魅力について議論があり、大別すると①建築資産・歴史資産としての価値、②周辺を取り巻く厳しい自然環境、③かつての灯台守や灯台を頼りとした船乗りの物語の3要素があげられた。①については、建造物としての美しさやひとつとして同じものがない特別性、明治期からの日本の近代化を象徴的に示しており、建築のみにととまらず、レンズや機械設備を含めて全体として技術史を伝える歴史性、さらには、それらが今なお現役で活躍しているということに価値を見出していた。②については、主に岬部等の険しい岩場等にあり、人の立ち入りを阻むような非日常的な環境に立地している隔絶性、そのような場所だからこその現地に到達したことに対する達成感、遮るもののない絶景の視点場といった点に魅力を見出していた。③については、①と②の要素とも相まって、かつて灯台守の方々が全国を転々と苦労して生活していた陸の側の記憶と周辺を海に囲まれている日本だからこそ、灯台を頼りとした船乗りの海の側の記憶に思いを馳せ、そのストーリー性に魅力を感じていた。これは「喜びも悲しみも幾年月」をはじめとした各種映画等の題材にもなっていることから明らかである。
しかしながら、こういった価値や魅力を有していながら、地域に根ざした資源としての活用には至っていない。かつてのように灯台守の方々が常駐しているわけでもなく、施設は無人化しており、主たる機能を除けば、建造物そのものの老朽化も進んでおり、一般公開を行うには施設の維持管理とともに現地の安全管理が課題となった。
とくに、全国においても16基しかない「のぼれる灯台」を目指すには、今回視察した汐首岬灯台においても昇降用通路や歩廊部の安全確保の観点から課題が大きく、そもそもの建造物として構造から困難であると考えられた。一方で、その場所にしかない灯台の存在感とそこからの絶景は地域性を象徴するものであり、かつて灯台守をされていた方々のストーリーなども鑑みれば、唯一無二の地域資源として活用することは、観光振興、ルートの魅力向上にもつながることが期待される。
まとめ
今回の取り組みを通じて、ルート内の「灯台」に着目し、心象風景・地域の象徴としての「灯台」の魅力・価値に改めて気づかされた。今後の展開としては、①灯台そのもののもつ魅力や価値の伝達(地域性/過去〜現在までのストーリー)、②その場に行かなければ感じられない空間体験(場所性/唯一性のある景観及び風景)、③その場でしか得られない特別な体験の場(灯台という舞台装置をいかに演出するか)という観点から取り組みを進めていくこととしている。
このため、海上保安庁、燈光会などの灯台関係機関・団体との協力関係の構築は当然ながら、地域の関係者としては掃除や花植えなどの周辺環境整備、訪問希望者への案内などを役割分担し、できることの積み重ねから将来的な公開に向けた協働を視野に入れられないかと考えている。今後はまず魅力・価値を多くの方々に知ってもらうこと、過去~現在までのストーリーを掘り起こすことに注力していきたいと考えている。とりわけ、かつて灯台守をされていた方々のストーリーは心象風景として当時の地域状況を含めて響くものが多いと想定されることから、まずはその収集を急ぎたい。
謝辞
本取り組みの実施にあたり、ご協力を賜った海上保安庁第一管区海上保安本部函館海上保安部、国土交通省北海道開発局函館開発建設部のみなさまにこの場をお借りして御礼申し上げます。そして、この取り組みを先頭に立って進められながら志半ばで逝去されたシーニックバイウェイ北海道 函館・大沼・噴火湾ルート 故 佐々木哲夫 前会長に感謝と敬意を表します。
執筆者紹介
阿部 正隆(1986年2月23日)
■ 出身地:岐阜県高山市生まれ、富山県富山市育ち。
■ 所属:国土交通省北海道局参事官付(現 在エディンバラ日本国総領事館 領事)
■ 学位:修士(工学)/技術士(総合技術監理部門・建設部門)
■ 専門:道路、都市・地方計画
2011年4月、国土交通省入省。これまで、とくに北海道開発、道路計画・調査等に従事。大学院生時代に通い詰めた広島県福山市鞆の浦との出会いから、常夜燈、灯台の虜に。息子たちには「燈」の字を用いて名付け。
中村 幸治(1976年10月26日)
■ 出身地:北海道虻田郡留寿都村
■ 所属:一般社団法人 北海道開発技術センター調査研究部 次長
■ 学位:修士(工学)/技術士(建設部門)
■ 専門:道路景観、観光地域づくり、まちづくり
シーニックバイウェイ北海道「函館・大沼・噴火湾ルート」ルートコーディネーター。“生まれ育った地域への恩返し” をモットーに、人や資源をつなぐ付加価値の創出に向けた地域づくりの企画提案・実践を行っている。
折谷 久美子(1959年12月11日)
■ 出身地:北海道函館市
■ 所属:シーニックバイウェイ北海道 函館・大沼・噴火湾ルート 事務局長、特定非営利活動法人スプリングボートユニティ21 理事長
1999 年、誰もが気軽にまちづくり活動に参加できる団体を発足。2004 年法人化。春から秋は植栽維持、冬季は手作りワックスキャンドルで国道や観光施設等を灯す「シーニックde ナイト」を実施。2025年2月に20年目を迎えた。
「海と灯台学ジャーナル 創刊準備号」全文へのリンクはこちら