2023年「海と灯台のまち会議」灯台の利活用に関する事例発表~愛知県野間埼灯台

2023/06/16

一般社団法人 海洋文化創造フォーラムは2023年6月7日(水)、時事通信ホール(東京都)にて、灯台を観光振興や教育、地域活性化に利活用したい自治体・企業・団体とともに「海と灯台のまち会議」を開催いたしました。

この会議では、「海と灯台プロジェクト」の一環として灯台の利活用を推進する全国5地域の関係者が登壇し、それぞれの地域での取り組みや成果などを発表しました。この記事では、一般社団法人美浜まちラボの林達之さんによる、愛知県美浜町「野間埼灯台」の利活用事例発表の要旨を掲載します。

※会議全体についてのイベントレポート(抄録)は、こちらの記事をご覧ください。

愛知県野間埼灯台の利活用事例発表

灯台と地域振興について、美浜まちラボの林がお話しします。よろしくお願いします。

普段は美浜町立布土小学校という小さな学校で教員をしています。それと並行して、時々まちづくり団体の活動をしています。この美浜まちラボで2015年から取り組んできたのが「野間灯台登れる化プロジェクト」です。野間埼灯台、通称「野間灯台」を登れる灯台にするためのプロジェクトです。


灯台周囲の清掃はもちろん、灯台でのプロジェクションマッピング、灯台横でのライブやピザを焼くイベントなど、さまざまな企画を実施しました。灯台の100歳を祝うためにクラウドファンディングでお金を集めたり、灯台柄のネクタイを作って販売したり、灯台をいつでも見られるライブカメラを設置したりと、たくさんの人が灯台に関われるような仕掛けも考案し、さらには野間埼灯台を登録有形文化財にするための申請も行いました。

そんな私たちの活動が認められ、美浜まちラボは2022年2月に海上保安庁から航路標識団体の指定を受けました。さっそくその年の4月から、美浜まちラボによる野間埼灯台の一般公開を月2回ほどのペースで行っています。こうして野間埼灯台は登れる灯台になり、「野間灯台登れる化プロジェクト」は、一応達成を見たことになります。


官民の多様な人材が集まり、灯台のさらなる利活用を推進

その年の6月、「新たな灯台利活用モデル事業」助成プロジェクトの公募があり、ありがたいことに名古屋海上保安部と美浜町役場から「一緒にやりませんか」と声を掛けていただきました。複数の民間企業や他の団体からも同じ件で連絡があり、いろんな人から「一緒に挑戦してみませんか」と言われ、どうしようかと少し悩みました。

そんな時、私の勤める学校に関係者が偶然集まる機会があり、結果的にこの時声を掛けてくれたメンバーでコンソーシアムを組んでモデル事業に応募することになりました。プロジェクト名は「野間埼灯台ポータル化プロジェクト」です。多様な人が関わっていることが、我々の強みであり自慢です。

助成を受けるにあたっては何度も会議を開き、真剣に話し合って課題を探り、アイディアを出しあってきました。とはいえ、個人的にはとても楽しかったです。見てください、この写真の皆さん。とても楽しそうですね。


商品開発からウエディングフォトまで

では、助成を受けてどんなことをしてきたのかをご紹介します。まず、地域の偉人「音吉さん」と野間埼灯台の関係が分かりやすく学べる漫画を作りました。続いて、グルメ・グッズ開発。パンや焼き菓子などに押せる灯台の焼き印や、灯台カレーなどを作りました。カレーはレトルトなので、たとえば大地震が起きた時に避難先の体育館でこれを食べたら、なんだか希望が出そうな気がします。

サイクリング用のデジタルマップ制作や、サイクルツーリズムの実証実験も行いました。今後、たくさんのサイクリング愛好家が来てくれるといいなと思っています。

そして、ウエディングフォトの撮影。景色とモデルが良いので写真をご覧ください。見つめ合って、いいですね。


灯台の日のイベントでは、灯台の上から菓子まきをしたり、海を眺めるベンチを置いたり、そのそばでコーヒーを販売したり、夜は灯台でプロジェクションマッピングをしたり。とにかくいろいろなことを一生懸命やりました。


船を導く存在から人を導く存在へ

今回のプロジェクトは、本当に人に恵まれました。何をするにしても、結局は人です。今回のコンソーシアムに携わった人たちは、灯台に導かれたと言えるかもしれません。

そう考えると、灯台は船だけでなく、人を導く機能を持ち始めているのではないかと感じます。今日ここにお集まりの皆さんも、ある意味灯台に導かれてここに来ているわけです。

美浜町にとって、野間埼灯台は町のシンボルです。「野間灯台登れる化プロジェクト」には、(1)美浜町のシンボル・野間埼灯台を開放し、美浜町観光の目玉にすること。(2)町民主導の活動によって開放することで、「美浜町は町民が主役の町」であることのシンボルにすること。この2つの目的がありました。確かに灯台に登れるようにはなりましたが、真の目的はまだ達成していません。だからこそ、活動を次世代につないでいきたいと思っています。

ここで、私が少し前に雑誌に書いた原稿を一部読ませてください。

「こうした活動を子どもたちに見せていきたいという気持ちもあります。『林先生が何かゴソゴソやっていたら、灯台が登れるようになった。冴えないおじさんの林先生でも何かを変えることができるんだったら、自分も地域のために何かできるかもしれない』と思う子どもを育てたいのです」

これが、私のちょっとした希望です。「人を導き、地元の未来を照らす」。灯台を、そんなシンボルにしていけたらと思っています。今後とも協力よろしくお願いします。