北前船の航海を支えたランドマーク 〜常夜灯・日和山・灯台〜

2025/06/12

明治時代になると、北前船をはじめ様々な船舶の出入りが急増し、港湾施設の整備が進められていく中、明治4年、手宮海関所掛と、開拓使札幌本庁庶務掛小樽詰から、勝納川河口の信香町に「常灯台」を建設する申請が出された。勝納川は、日和山があった祝津より南で、河口には北前船が多数寄港していた場所である。この「常灯台」の名称は「小樽海関所灯台」であるが、「常灯台」「常夜灯」「常灯明」等、様々な表現で呼ばれている(小樽市史、1958、427-428p)。

「常灯台」は、工事費277両2分余、水面上の高さ2丈6尺(約7.8m)、ガラス張りであった。「北海紀行」(明治6年7月11日)によれば、「此日小樽ノ市街稲荷宮ノ遷座軒ト燈ヲ掲ケ、山下一時ニ衆星ノ如ク輝タルヲ見ル。就中海関所燈台ハ太白ノ蓬窓ヲ照スカト疑ハレ」とあり、当時小樽の名所となっていたことがわかる。ガラス張りではあるが、近代灯台ではなく、近世以来の「常夜灯」の一種である(図2)(林、1873)。


図2.常夜灯(小樽海関所燈台)小樽市史(1958)

しかし、この「常灯台」は、1874(明治7)年5月に火事で焼失してしまい、翌年1月、小樽出張所から造営方を伺い、指令が与えられたが着手されなかった。その後、10年近く経過しても灯台は建設されず、船乗りたちが不便だと指摘するようになった。1883(明治16)年、札幌県は小樽港の出入船舶に対し、小樽港の港外であることを標示するとともに、その針路を定める上で最も重要な地点として、江戸時代以来の祝津の日和山の山頂に経費6,603円で灯台を建設し、同年10月15日、初点灯した。道内では、明治5年に設置された納沙布岬灯台に次ぐ2番目の近代灯台である。


常夜灯と日和山灯台の記憶

日和山灯台は、建設当初、木造六角形の白色の建物で、高さは約7.6m。二重に芯を使った石油ランプを灯し、その光は15海里(約28km)先まで届いたという(図3)。以後、日和山灯台は船乗りたちの重要な航路標識となった。1953(昭和28)年、日和山灯台は円形コンクリート造に改築され、1957(昭和32)年には映画『喜びも悲しみも幾年月』のラストシーンに登場したことで、一躍有名になった(樋口、1972、229-232p)。


図3.1953年に鉄筋コンクリート造に改築される前の木造六角形の日和山灯台 祝津町史(1972)

1871(明治4)年に小樽で初めて設置された信香町の「常夜灯」は、小樽港の繁栄の象徴として、長く人々の記憶に残り続けた。『小樽市史』の裏表紙に「常夜灯」の写真(明治5年、有幌方面から見た写真、北海道大学蔵)が掲載されていることからもそのことが伺える。解説には、「新天地に未来をかけた人たちは、その光源を親しみを込めて常夜灯と呼びました」と記載され、続けて、小樽港が北海道開拓の玄関口、国際貿易にとって重要な役割を果たしてきたことを指摘し、「小樽経済の基盤を支えてきた本港の港づくりの始まりは、この灯台であったといえましょう」している。1997(平成9)年には、かつて入船川の河口で船入潤となっていた小樽堺町通り商店街南端のメルヘン交差点にこの常夜灯のモニュメントが設置された(図4)(高野、2023、10p、高野、2024、41-42p)。

小樽祝津の日和山灯台と信香町の常夜灯から、航路標識、ランドマークの日本的なあり方の一端が見えてくる。


図4.常夜灯のモニュメント(メルヘン交差点、1997年)


謝辞

本稿の、常夜灯、日和山、灯台のその共通点と相違点に着目することで、航路標識としてのあり方を捉え直す視点は、池ノ上真一氏の助言に寄るところが大きい。感謝したい。


引用文献

・林顕三編、河﨑曾平閲(1873)「北海紀行 巻之四」、7月11日
・樋口忠次郎(1972)「祝津町史」。祝津郷知会、229-232p
・海上保安庁灯台部編(1969)「日本灯台史 100年の歩み」。燈光会、7−8p
・南波松太郎(1986)「日和山」。法政大学出版会、41p
・小樽市(1958)「小樽市史第一巻」。小樽市、裏表紙、427-429p
・高野宏康(2018)日和山灯台―小樽へやってきた船乗りたちのランドマーク。「小樽チャンネルMagazine Vol.33」。株式会社K2、6-7
・高野宏康(2023)メルヘン交差点(入船七差路)。「小樽チャンネルMagazine Vol.87」。株式会社K2、10-11
・高野宏康(2024)小樽の常夜灯・日和山・灯台②。「月刊小樽學」通巻第187号、38-42


執筆者紹介


高野 宏康(1974年4月6日)
■ 出身地:石川県加賀市
■ 所属:小樽商科大学 客員研究員、地域レジリエンス株式会社 代表取締役
■ 学位:博士(歴史民俗資料学)
■ 専門:北前船学

北前船の視点から日本の海洋文化の歴史を再発見するため、全国各地の北前船寄港地・船主集落を訪問し、調査研究を進めている。日本遺産をはじめ、北前船遺産を活かした様々なまちづくり事業に取り組んでいる。


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