景観資源としての灯台の活用可能性

2025/08/05

本稿は、「海と灯台学」2024年度研究紀要「海と灯台学ジャーナル 創刊準備号」内の特集「海と灯台学を捉える視点〜世界・日本・地域〜 Part.2 新たな価値の創造」からの転載です。
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景観資源としての灯台の活用可能性

榎本 碧(国立研究開発法人土木研究所 寒地土木研究所 地域景観チーム)

はじめに
北海道の壮大な自然景観は、その独自性と多様性により国内外から高い評価を受けている。その中で、海岸線に点在する灯台は、周囲の自然景観と調和しながら、明治期からの開拓の歴史を今に伝える重要な文化的景観資源である(図1)。世界では、オーストラリアのGreat Ocean Road やアメリカのMaine Lighthouse Trail など、灯台を地域固有の景観資源として観光に活用する事例がみられる。このような海外での取り組みは、住民の地域の歴史文化への理解に加えて、地域の景観をめぐり、楽しむような周遊観光において灯台の観光目的地としての可能性を示唆している。


図1.選奨土木遺産に認定されたチキウ岬灯台(写真提供:原口征人氏)

コロナ禍を経て、国内旅行における自動車利用は約6割を維持しており(観光庁、2023)、特に北海道では広大な土地を自由に移動できる自家用車やレンタカーでの観光が定着している。こうした点から、本稿は北海道のドライブ観光を想定し、景観資源としての灯台の価値を明らかにするため、北海道の灯台を対象に、その景観の特徴を分析した。

北海道の灯台景観の分析

灯台を景観資源として観光等に効果的に活用するためには、灯台に関する景観(以下、灯台景観とする)の特性を体系的に分析する必要がある。特に、自動車や自転車などの移動を考える場合、灯台を単独の景観対象として見るのではなく、移動中に徐々に姿を現し、変化していくシークエンス景観の一部として捉えなければならない。また、自動車から降りて徒歩で移動するなど、移動モードの変化にも目を向けるべきである。移動手段の変化に伴い、視点の高さや移動速度、景観の知覚の仕方が変容するため、これらの要素を総合的に検証することが重要となる。さらに、灯台周辺での滞留時間、そこでの行動、眺望の特性など、移動と滞在の両面から景観を解明する視点が求められる。

1. 灯台景観の特徴と類型
灯台景観は、「灯台を視点場とする景観」と「灯台を見る景観(以下、灯台の外部景観とする)」という二つの異なる視点から捉えることができる。灯台を視点場とする景観は、灯台やその立地場所を視点場として海や周辺地域を見渡す眺望を指す。灯台は船舶の安全な航行支援という本来の機能上、多くの場合、周囲を一望できる高さや立地を有し、優れた眺望点としての価値を有している(図2)。一方、灯台の外部景観は、灯台自体が景観要素として機能する眺めであり、海岸線や道路からの見え方が重要となる。本稿は、主に灯台の外部景観の構造を分析する。


図2.鴛泊灯台(ペシ岬)からの眺望(利尻富士町)

灯台を対象とした外部景観に関する研究として、Gomółka(2022)はポーランド北西部の自転車ルートを対象とした灯台景観を分析している。視点場と景観要素の関係性分析において、視点の変化や景観要素の出現・消失によって生み出される「視覚的緊張感」に注目し灯台の景観分析を行い、灯台への「期待感」や「興味の持続」が、観光地としての魅力向上に寄与すると述べている。一方、道路の内部景観の分析に関する研究としては、Appleyard etal.(1960)がニュージャージーからニューヨークへの高速道路走行中の視覚体験の変化やイメージマップを用いた分析を行っている。これらの知見は、移動に伴う動的な視覚体験がもたらす心理的効果の重要性を示唆している。

灯台の外部景観は、灯台の立地する特性から独立型と港湾型に大別できる。独立型は半島や岬の先端に単独で立地し、周辺からの視認性が高くランドマーク性を有する。北海道では開拓期の主要航路の安全確保のため、納沙布岬灯台(初点灯明治5年)、宗谷岬灯台(初点灯明治18年)など主要な岬に灯台が建設された。また、主要な都市間が離れて立地し、比較的単調な起伏の少ない海岸線に突き出た岬が多いという地形的特徴も、独立型灯台が分布する要因となっている。一方、港湾型は、防波堤や橋梁、周辺市街地等と一体となった景観を構成する。港湾型の例として函館港入船漁港の防波堤灯台(図3)や利尻島の鴛泊灯台(図4)などがあり、これらは複数の視点場から見た場合に港湾や周辺市街地と一体となった景観を形成している。本稿では、岬等に立地する独立型の灯台の景観の特徴について分析する。


図3.函館港船入澗防波堤の灯台(函館市)


図4.フェリーからみた鴛泊灯台(左/ペシ岬,右/利尻富士町鴛泊地区市街地)