沖縄県 石垣市 平久保埼灯台
八重山列島の石垣島北部にのびる平久保半島の北端、平久保先に位置。17世紀に平久保遠見台が置かれ、往来する外国船の監視が行われていた歴史を持つ。現在建つのは日本復帰前に琉球政府が建設したもの。
灯台データ
- 初点灯: 1965(昭和40)年
- 灯台の高さ: 13m
- 灯りの高さ: 74m
- 形状: 白色・塔形
- 灯質: 単閃白光
- 光達距離: 不明
- レンズ・灯器: LED
- 構造: コンクリート造
- 設計者: 不明
地理データ
地理:石垣島の最突端
平久保崎は野底半島、平久保半島からなる細長い形状の石垣島の一番端のとてものどかな地域。空港から車で40分ほどと島内の最果てに位置し、灯台の向こう側には海岸線まで見渡せる絶景が広がる。
気象:1年を通して温暖な気候
乾季と雨季に分かれる亜熱帯気候の石垣島。真冬でも10℃以下になることはほとんどなく、年間を通じて温かい。一方、夏の平均気温も吹き抜ける風のおかげで30℃以下と、意外と過ごし易い地域である。
歴史:4度の大津波を乗り越えた島
石垣島は過去、600年に1度の割合で4度の大津波に襲われている。島には3大昔話として「戦争マラリア」「人頭税」「明和の大津波」が島民を苦しめたものとして、今も語り継がれている。
伝説:野原村に伝わる「人魚伝説」
島の北東部・野原村(ぬばれむら)には、江戸時代に人魚が掴まったという伝説が残されている。その際、海へ返してもらう代わりに人魚が「恐ろしい津波(明和の大津波)が島を襲う」ことを告げたという。
漁業:海のダイヤ「クロマグロ」
石垣島では、近海で年中水揚げされる肉厚の白身魚「グルクン」をはじめ、さまざまな魚が食される。なかでも4月中旬~6月中旬は「海のダイヤ」と言われ高値で取引される「クロマグロ」が最も旬の時期だ。
農業:石垣島はパイナップル天国
海と大地を熱く照らす太陽の光を浴びて育てられたパイナップルは島の特産品。1930年代の日本統治時代、台湾からの移民により水牛耕作の技術とともにパイナップル栽培のノウハウも持ち込まれた。
食文化:健康に良いユーグレナ
石垣島では、体に良いとされる「ユーグレナ(ミドリムシ)」の大量培養に世界で初めて成功。ユーグレナはワカメやコンブといった藻の一種で、さまざまな健康効果を期待される海にも縁ある食物である
芸能:映画・音楽文化を発信
平久保崎灯台は、石垣市出身の音楽ユニット・BEGINをモデルにした映画『恋しくて』のロケ地にも選ばれた場所。2020年11月には石垣島で新しい映画祭「石垣島ゆがふ国際映画祭」がスタート予定。

「海と灯台のまち」の灯台をもっと見る
淡路市
江埼灯台
1867(慶応3)年、江戸幕府と英国公使が兵庫開港に備えて大坂条約締結の際に5つの灯台の建設を約束。その最初に建てられた。「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンの設計による御影石を使用した石造りの洋式灯台。
長崎市
伊王島灯台
1866(慶応2)年、米・英・仏・蘭の4ヶ国と結ばれた江戸条約により、全国8ヶ所に設置された灯台の一つ。日本初の鉄造六角形の洋式灯台でもある。灯台のドーム型の天井部分は、原爆の被害を受けつつも、そのままの形状に復元された。
銚子市
犬吠埼灯台
山頂や離島を除けば日本で一番早く初日の出を見ることができる、関東最東端の犬吠埼に立つ灯台。1874(明治7)年、当時の技師が苦心の末に国産化を成功させたレンガ19万3000枚を使って建造され、約150年の歳月に耐えて今なお大空にそびえ立つ。
佐伯市
水ノ子島灯台
豊後水道の中央部に浮かぶ周囲約300mの無人島「水ノ子島」にぽつんとそびえる灯台。塔体の高さは39mあり、石造り灯台の高さとしては日本で二番目を誇る。極めて小さな孤島であることから建設工事が難航し、1900(明治33)年から4年の歳月を要して完成にこぎつけた。
小樽市
日和山灯台
北海道で2番目に建設された歴史ある灯台。船乗りたちが出港前に天候や空模様(=日和)を観察した「日和山」に立ち、石狩湾を一望できる。建設当時は白色の木造灯台で、1953(昭和28)年にコンクリート造に改築された。1968(昭和43)年から現在の紅白ストライプに。
下田市
爪木埼灯台
伊豆半島の東海岸から太平洋に突き出た須崎半島の先端に建つ灯台。周辺は爪木崎自然公園として整備されている。野水仙の群生地であり、冬場のピーク時には300万本もの水仙が咲き誇り、遊歩道となって灯台へと誘う。
旭市
飯岡灯台
千葉県北東部、九十九里浜の北端から連な素屛風ヶ浦の南端に位置する刑部岬に建つ灯台。約60mの断崖絶壁から見る絶景は、「日本の朝日百選」や「日本の夜景100選」ほか数々の栄冠に輝いている。また、灯台周辺は上永井公園として整備され、展望館も新設された。
肝属郡南大隅町
佐多岬灯台
九州最南端の大隅半島佐多岬の先に浮かぶ大輪島に立つ灯台。江戸幕府が諸外国と結んだ条約に基づいて建てられた8つの灯台のひとつで、「日本の灯台の父」と呼ばれるイギリス人技師ブラントンが設計した。初点灯時は鉄造だったが、太平洋戦争の空襲で大破し、コンクリート造に建て替えられた。
新潟市西蒲区
角田岬灯台
佐渡海峡を渡る船舶の道しるべとなる灯台。灯台の足元には、源頼朝に追われた義経が舟と共に身を隠したとされる名勝「判官舟かくし」が顔をのぞかせ、眼下には日本海の大パノラマと角田浜の白い砂浜が広がる。
いわき市
塩屋埼灯台
白砂青松の美しい海岸線が続く「いわき七浜」の中央付近、薄磯海岸の断崖に立つ灯台。のぼれる灯台16基のひとつ。1956(昭和31)年に雑誌に掲載された、当時の塩屋埼灯台長の妻、田中きよの手記が、翌年公開された映画『喜びも悲しみも幾年月』の原点となったことでも知られる。
下閉伊郡普代村
陸中黒埼灯台
1947(昭和22年)に地元漁協が「普代灯柱」として設置。三陸復興国立公園の海岸段丘の景勝地に建ち、青い海と山の緑にひときわ映える白亜の灯台。北緯40度線上の灯台として、日本海側の入道埼灯台(秋田県雄鹿半島)と対をなす。
三浦市
城ヶ島灯台
日本で5番目に点灯した洋式灯台。初代はフランス人技師・ヴェルニーにより設計されたが、関東大地震で倒壊し、現在の姿に再建された。同じ島内の東側に建つ安房埼灯台とは、“ペア灯台”として知られている。





